火曜日, 7月 21, 2009

Rubykaigi2009 を振り返って




3日間のRubyKaigも終わり、一日休みを挟んで、今日は普通に仕事をしている。

今年のRubyKaigiは、私にとって、去年までとは違っていた。
2006から毎年参加しているのだが、自分が変わったのか?RubyKaigiが変わったのか?
祭に酔うことができなかったのだ。

昨年までのRubyKaigiは、何か楽観的な多幸感とでもいうべき雰囲気に包まれてた場だった。
周りは知らない人か、一方的に知っているだけの人ばかりだが、Rubyというドラッグに、ただ酔いしれて、それだけで幸せだった。
わくわくして、その場の空気を吸うだけで、向こう何ヶ月かのやる気を補給してもらっているような感じ?

だが、今回は、そういう気分にはなれなかった。
誤解のないように書いておくが、セッションがつまらなかったとか、そういうことでは「全く」ない。

多分、いろいろな意味で曲がり角にきているのだと思う。

Rubyが好きだと思う。
Rubyをつくっている人たちも、Rubyのコミュニティも、支えている人たちも、みんな魅力的だし、好きだと思う。
でも、それだけでは、何も変わらないし、変えられない。

角谷さんのセッションで、そして高橋さんの基調講演で
これが自分だけの問題ではないということを知った。

作る人と使う人の間には、大きな溝がある。
カンファレンスであれば、話す人と聞く人。
あちら側とこちら側。
受け取るだけの存在でいることの、コンプレックスであったり罪悪感のようなもの。

今年のRuby会議は、遅効性の毒のように効いてきている。
答は出ているようで、未だ出せないでいる。

「take the red or blue pill?」

そういったわけで、
まだ、アンケートに答えられていない。

0 件のコメント: